「トリッパー遊園地」感想―いち演劇ファンの視点から

「トリッパー遊園地」をみてきた。正直いうと、演劇としてあんまり期待はしてなかったんです(ごめんなさい)。でも、思いのほか良作でびっくりしたんで、どこが良かったか書いておきたい。(ネタバレはしてないつもり)

 

1 脚本・演出の良さについて

みる前は、大衆演劇っぽい良くも悪くも大味な感じなのかな~なんて先入観を勝手に抱いていたのだけど、脚本演出が意外と構築的で見ごたえがあった。

押し付けがましくなりそうなところでヒョイと引く・外す、抑制と品の良さが感じられる演出とでもいうのか。

1)台詞や展開の「抑制」加減に、時代考証的な何かが感じられる

特に当時の男女の愛情表現。出征により想い人(両想い)への別れと同時に愛の告白の言葉を言う必要性が生じるのだが、ここで何を台詞として選ぶか、どんなふうに言わせるか、脚本家と演出家の才能が問われるところ。

現代のようにストレートに「好き」だの「愛してる」だの言ってみたりキスしたりとかだったら、リアリティなさすぎで興ざめである。でも本作はそうではない。「当時の人ならきっとこういう感じなんだろうなぁ」と思わせるような抑制のきいた台詞と態度で、それでもちゃんと互いを好きあっていることが伝わるような作り(演じ手の辰巳雄大さんと惣田紗莉渚さんの演技力にもうならされました)。

そして後半一番の見どころである出征シーンで見送る女性の言う台詞が絶妙で、「そうきたか!うまいなー!!」と、心底脱帽した。この台詞は、前半で一度、当時の人々の複雑な心情を乗せるワードとして効果的に使われている。伏線萌えとしては、そのへんの周到さにしびれました。

2)暗転少なめテンポ良し+わかりやすさ良し

無駄な暗転しないのはプロなら当然そうあるべきなのでわざわざ褒めるのもどうかと思うが、たま~~~にあるんですよ…素人が演出したのかな?ってレベルの暗転多用舞台が…。今回、休憩35分を含んでトータル3時間だけど、体感はあっという間。もちろん初見だからというのもありますが、不要な暗転のないテンポの良さは本作の売りかと。

台詞については、最近、岸田戯曲賞の選評などを読んだりしていたもんだから、本作の冒頭で「この二人のやりとり、説明的だな~」と感じたりしてしまったのだが(何様なのか)、それも一瞬のこと。全体的に、登場人物の立場や関係性を無理なく理解できて、すんなり物語の世界に入り込める脚本。これはそんなに簡単なことではない。ほんにありがたいことである。

3)入れ子構造、狂言回しとしての「活動弁士

登場人物のひとりが元活動弁士だったという設定で、狂言回しのような役回りがあるのだが、これが進行に変化をつけるスパイスになっているのが面白い。加えて、狂言回しがラブシーンを実況する形にすることで、ラブシーンにつきまとう「ベタさ」を一歩引いて見る視点が加わって、抑制された(湿度が高すぎない)シーンになったのも好みでした。ラブシーンに抑制をきかせることで、戦時中の男女関係の距離感を観客に想像させるという効果もある。この活動弁士を配置することで入れ子構造みたいになるのが面白いと思いました。

4)抑制が効いているから、要所でちゃんと感動できる

ここまで書いてきて、物語上の温度と湿度をうまい具合に抑制した、ややドライでとぼけた味わいがこの演出家(脚本家)の持ち味なのかなぁなどと感じたのですが、いずれにしても、その抑制されたシーンの丁寧な積み重ねによってクライマックスの感動が強く伝わる効果を生み出している。他の作品も観てみたい。

5)「感動コンテンツとしての戦争モノ」を超えた普遍的なメッセージ

実は私、戦争モノで安易に涙することを自分に禁じてるんですよ。当時の状況とか人々の生活や想いを本当の意味では理解も実感もできてない、平和な現代に生きてる自分が、軽々しく「共感」して「悲劇」を「消費」して「感動」する、「泣けた~」とか言いながら劇場あとにしたら忘れちゃう、戦争って、現代人が「泣けた~」「感動した~」ってスッキリするための便利で都合のいいコンテンツじゃねえだろ、と。同じ理由で難病モノもそう。戦争モノ・難病モノは基本、「設定だけで観客泣かせようとしてるんじゃないだろうな?」ってめちゃくちゃ警戒して観てしまう。しかも「戦争」を持ち出した時点でオチ(メッセージ)は分かり切っている。「戦争、ダメ、絶対」なんですよ。泣かせて「戦争を繰り返してはいけないと思いました~」みたいな感想で実のところそこで思考停止を促しかねないような作品がなんか意味あんのか?と思ってしまう。いや、もちろん繰り返しちゃだめですよ戦争は。でもね、演劇(や映画)で、自分とは関係のない世界の他人事として戦争の悲劇をみて泣いて「あ~自分じゃなくてよかった~」ってなるのって、なんか違うんじゃね?って思うんですよね。まぁそういう考えの人間は私だけじゃないはずで、だから、「戦争」というテーマ・戦時中という設定は、現代において演劇の時代設定にするにはとてもリスクが高い。

そんなわけで非常に警戒的なモードで観劇した私だったのですが、それでもなお、感動、つまり心を強く動かされる、という状態になりました。感動させられたというのが正しい。正直いうと一度だけ涙も出ました。なぜなんだろうと思いました。物語としてはSFだし、細かいこといえば戦時中の時代考証の甘い部分もないわけではない。

ただ本作は、そういう意味での戦時中のリアリティを写実的に描いたり悲惨さを強調したりするのではなく、「戦争、ダメ、絶対」を含みながら、それを超越した、より普遍的なところにテーマがあるからなのかな、と思った。当時の人と現代の自分との間にある共通した想い、それは家族や恋人や友人とのなにげない時間の嬉しさであったり、「自分にとって大切なもの」を探すことの難しさと見つけた時の喜びであったり、とどのつまり、生きることの喜びのようなものが舞台上に上げられて、周到な脚本演出のもと、熱く丁寧に真摯に演じられていたから、なのではないか。現代を生きる自分との共通項、「地続き感」が持てるような物語だったのだと思います。

そう考えてみれば、「主人公がタイムトリップする」という設定も、「その出来事を通して主人公が大事なものを見つけ成長する」という物語も、「あぁ事前に宣伝されていたとおりだったのだ」と気づくのですが。それでも、宣伝文句の字面では、この作品の良さの10分の1くらいしか伝わらないのがもどかしい。みてみなければわからない、観劇とは実に、そのようなもどかしい(だからこそ楽しい)体験なのだと、改めて実感します。

2 役者について

本作で私が感動させられてしまったのは、役者の力によるところもすごく大きい。役者の発した言葉や動きが空気を震わせて、客席の私たちのところまで湿度や温度とともに伝わってくる。だからこそ心動かされる。そのような観劇の原初的な喜びを感じられる役者陣の熱量だった。皆さん良かったのですが、一部のみ。

1)子役がすばらしくいい

子役がうまいのか、脚本演出における「子ども」の使い方がうまいのか、多分その両方なのだが、とにかく子役の出ているシーンがびっくりするほどいい。単純に子役としての基礎ができているというだけでなく、「物語の湿度」とでもいうのか、ヒューマンドラマの笑いと涙のバランスをとっている重要な役割のように思えた。子役がこの作品の良さを少なくとも3割増しくらいにはしている。「『舌を巻く』とはこのことか」という感想を持った。是非一度みにいってほしい。

2)純名里沙さんの歌声

聴かせる。一幕最後の歌声が絶品。

3)辰巳雄大さんの演技力

以前、「ぼくの友達」でその演技力に、終演後の開口一番「辰巳くんは役者で食っていけるね…」という、いったい誰目線なのかという感想が口をついて出たのですが、本作の演技はそれを上回る出来栄え。

クライマックスの出征シーンは辰巳くんの演技力なしには成立しないと思われます。以前、辰巳くんが「脚本に出てこないことでも、戦時中の人が何をみたりみられなかったりしたかは調べる。演じる上で必要だから」(ニュアンス)的なことを言ってたんですが、さもありなん。本作をみて、辰巳くんの演技にはその役の人生がちゃんと見えるなーと感じました。待ちの芝居のときも、その場限りのリアクションじゃない、「あぁこの役柄なら、そこでそういう対応になるよね」と思わせる説得力がある。

たとえば、今回の役はまじめで実直な人物でしたが、あるシーンで、みんなが笑っていても一緒に笑う(空気を読む)ことは絶対にしない、というのをみて、「こういうところがちゃんと『役者』なんだよなぁ」と思った。ご本人は普段とても空気を読む方だと理解してますが、役として不合理なことは決してしない。役柄として「自然」な表情やリアクションをとるには、才能もだけど、演技プランを理解してないとできない。そのあたりに、役者としての訓練や努力(考えること)が垣間見える。もちろん技術的にはまだまだ伸びしろもあるのでしょうが、今後の出演作品もすごく楽しみな役者さんです。

(個人的には、救いようのない悪い人とか、すべてにやる気がなくて「めんどくせぇ」とか言ってるダメ人間の役をどう演じるのか見てみたい。というのも、これはご本人の属性にはなさそうなので役者の技量が問われる気がする。)

3)河合郁人さんの器用さ、見せ場の切れ味

役者としてという意味では、一人二役の演じ分けがとても良かった。軽薄さと真面目さという対極の性格をうまく演じ分けていましたね。後半、役の入れ替わりを一瞬の表情変化で示すシーンがあるけれど、スイッチの切り替えに「キレ」のようなものがあって、見せ方の要所を外さない役者なんだなぁと感じました。見せ場の切れ味がいい。これは舞台人としての大きな強みだと思います。

ただ、殴りかかる時は周囲に止められる前に止まらないでほしい。ご本人の優しい性格が出てしまっているのか。「怒りのあまり殴りかかって周囲に止められる」という動きは、ある種の「型」なので、これができるともっと上手く見えると思う。コインロッカーベイビーズの時も感じたけど、ここだけは本当に惜しい。公演後半で克服されるかもしれない。されたら嬉しい。

 

3 気になったところ

もちろんないわけではないけど、「懸念される」というレベル。

1)活動弁士

活動弁士狂言回し的に活かす演出がすごく面白いなと思ったんですが、「やりたいことは分かるけどちょっとひっかかりが気になる」という出来であったことは否めない。でもこれは、公演を重ねるにつれてよくなるかもしれない。声が響きにくい構造なのか、声量が全体に弱めなのも原因かもしれない。

2)「萌えポイント」はあからさますぎない方が萌えるのではないか

河合くんと辰巳くんの絡み(?)があからさますぎるシーンは必要なのか。今のところストーリー上あまりに不自然ということはギリギリないけど、公演重ねるにつれて過激化しそうで、演劇ファンとしては、若干の懸念を抱いている。しかしこれは好みによるかもしれない。

 

というわけで、演劇ファンとしてとても良い時間を過ごせた作品でした。出演者のファン・オタク以外にも、演劇好きな人に幅広く見てもらえたらいいなぁ。

 

追記:

演出でよかったところ。オープニング、物語全体をカットごとにダイジェストでみせる)には現代演劇でここ数年好んで使われるコラージュ的な手法が感じられておもしろかった。(公演期間後半に向かって、もう少しカットごとのキレが出てくるのかな)

あと、音響(BGM)がベタと奇抜の間の適度な選曲でよかった。ここにも、適度な抑制というか、完全にベタには流れない品のようなものがあった。