「天国の本屋」(2020年1月よみうり大手町ホール)感想

天国の本屋、みてきた。原作の美点が何倍にも膨らまされた、まさに「ミュージカルの力」を体感できる舞台。朗読の劇中劇と本編のストーリーがシンクロする展開を、脇を固める俳優陣の高い技術がテンポよく過不足なく成立させ、ストレートなラブストーリーパートでは、主演・ヒロインの華やかさと透明感が印象的。さわやかな後味の感動。

1 ミュージカル愛、その必然性

特に私がこの作品のことが好きだと思えたのは、作り手の「ミュージカル愛」と「ミュージカルを作る才能」が余す所なく発揮されているところ。「ミュージカルでしかできないこと」をやって、きちんと成功しているところ。

原作小説を読んだときは「この主人公のモノローグ、台詞で言わせたら説明的で不自然で鬱陶しいだろうなぁ…」と思っていたのだけど、ミュージカルだとモノローグが違和感なくいけてしまう。ストレートプレイなら「いやいやいや人はそんな簡単に喜怒哀楽を激しく表現したりしないでしょ」ってなるところなんだけど(だからこそ脚本での台詞の取捨選択や掛け合いの間合いのうまさ、役者の秘めた感情の表現の仕方・細部なんかがいっそう重要になってくる)、そうだよねぇそれがミュージカルの強みだよねぇと思った。

それから、天国の本屋、朗読の劇中劇をミュージカルで(しかも楽曲も技術もガチな水準の)やったのが本当に面白かった。誰もが知ってる童話も、プロがちゃんとミュージカルすると圧巻になってしまうという説得力。舞台はストプレから入った人なので、このあたりはやっぱりミュージカルってすごいな~!と思う。
 
まずもって、「この作品、期待できる…!」と客席全体に強く印象付けるのが、最初の劇中劇「ヘンゼルとグレーテル」の父親の歌唱力の高さ。「あれ?私今日、四季劇場に来てたのかな?」ってなるし(白山博基さん。調べたら四季のキャリアをお持ちの方でした。素晴らしかった。また観たいし聴きたい)、継母歌い出したらマダムテナルディエかな?ってなるし(伯鞘麗名さん。シアターダンスが美しい)、ヘンゼルとグレーテルの月の歌で泣くっていう。
ヘンゼルとグレーテル」という童話でさえも、上手なミュージカルにかかれば大人も感動させてしまうという、ミュージカルの力を見せつけるお手本のような劇中劇。
そして、さらに素晴らしいのは、ミュージカル劇中劇の「使い方」。こんなにも巧みなミュージカル劇中劇がここで挿入されなくてはならないのは、主人公さとしの朗読の才能(人をなぜか感動させてしまうという秘められた才能)を表現するため。つまり、この作品世界を成り立たせるために、この劇中劇ミュージカルは「始まった途端、舞台上だけでなく劇場の客席もあっけにとられるほどに圧巻でなくてはならない」シーンであり、そのミュージカル力に自信がなければ絶対に作れないシーンなのだ。その重責を見事に果たした白山さんはじめミュージカル俳優の皆さんの技術と、抗い難く観客を引きこむ素晴らしい楽曲に脱帽。
こういうのは小説や他の芸術形態ではできない。舞台ならではの演出。まったくこれだから観劇はやめられない。
 
そういうわけで、私にとっての天国の本屋の真骨頂は、ミュージカルの魅力の本質を外してないところ。劇中劇のミュージカル技術の高さにも、なぜその物語を挿入(劇中劇)するのかにも、必然性と良い意味での計算がある。「なんとなくいい話っぽいから入れてみました~」「そろそろ歌がないと寂しいから歌わせてみました~」ではなく、物語のテーマ(現世/天国、本当の自分/かりそめの自分、友情、別れなどなど)とリンクする、ミュージカルでなくてはならないものが配置されている。こういう隙の無い舞台が私は好きだ。
もちろん、冗長に思う箇所もないではない。冒頭のHBSのテーマは、いくらなんでも3回リフレインする必要はないだろう。主人公のモノローグやヒロインの怒りのシーンの曲も、フルで歌う(いわゆる2番まで歌う)ことに少し違和感を覚えた。それでも、全体の価値を損なうほどではない。それよりずっと、良いところの方が多い。
菅野こうめいさん、すごいなぁ。他の作品も観ていきたい。
 
ただ、2時間超を座りっぱなしはさすがに肉体的にも集中力的にも私は辛くて、70分あたりで一度休憩入れてほしいなぁとは思った。ちょうど、主人公の朗読の人気が出て「みんな彼に夢中」的な歌詞の曲で盛り上げて終わるところ。なんとなく「そろそろ1幕が終わるんだな」と拍手の準備をしてしまった笑
(この記事は東京千秋楽の日に書いているけれど、大阪も控えているから、休憩時間の件、改善されないかなぁ、まぁ無理だよなぁ、などと思っています)
 
2 河合郁人さんについて

河合くんは演技力が増していた。演技力というか、舞台上に居るときの「自然さ」のようなものが以前より上がっていたように感じた。「待ち」の演技とか、さりげなく良くなっているような気がしました。

歌唱の多さには驚いたけど、さすがの安定感と喉の強さ。ストレートなラブストーリーを演じることが恥ずかしいと言っていたけど好演でした。良くも悪くも「いやらしくならない」「生々しくない」のが彼の持ち味だと再認識。今回のような、幸福感のあるファンタジー、さわやかな若者の恋愛関係、ヒロインがアイドルの方であるような場合には、もってこいの人材かと(?)。

あと、変な言い方だけど、今作こそ名実ともに「河合郁人の本当の単独主演」だと感じて、それがファンとしてはとっても嬉しかった。正直、今まで「主演」と銘打たれたものを観に行ったとき、「河合くん頑張っていたし良かったけれど、………『主役』だったか………?」という違和感を持ったことは事実で。登場している時間や役どころなども、「別の誰か」を立てるために彼がいるわけじゃないのになぁと思うことも正直ありました。

でも今回は、出ている時間も、役どころも、演出も、河合くんの佇まいも、全てが「主役」でした。これは河合くんが演技や歌の実力を磨いてきた証でもあるし、演出の良さもあると思います。上手なミュージカル俳優の皆さんに囲まれて「みんな彼に夢中」とうたわれるシーン、「ありがとうございます…ありがとうございます…」と客席で目頭をおさえる私がおりました(保護者)。まぁあれは「役」のおいしさも多分にあるにせよ、そういうシーンがあることで「この作品ではこの人が主役ですよ」と際立たせる手法でもあるわけですよね。そういうことがきちんとされている。

まぁ当然といえば当然のことなわけですが、そういう「当たり前の作法」がなされる舞台に、主役として立っている河合くんをみることができた。それが、個人的にはとても嬉しかった。

カーテンコールのとき、ファンの気持ちに配慮してか前方列よりも後方列に目線をやること、三方礼をする座長としての横顔が凛としてその瞬間だけは孤高で馴れ合わないこと、柔軟であることと変わらないことの両方を感じながら、こういうところがこの人のファン冥利に尽きるよなぁと思いました。

 

よき時間でした。大阪公演でもたくさんの人を楽しませ感動させますように。